私信エビス

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士族

天草の海を見に行った帰りに熊本に一晩寄りました。熊本城、良いとは聞いていたけれど、今まで行ってなかったことが悔やまれる場所です。江戸城を見慣れている身ですが、その高さ、広さに驚かされました。西南の役において政府軍の籠城を可能にした理由が分かる、なるほどここは要塞です。喜多平四郎「征西従軍日誌」を読んでおいて良かった。

一日目は門内の櫓、石垣を巡り、二日目は早朝に外側から石垣を見上げて、北側西側を歩きました。空堀が悠然と広がる時習館跡からの景色が特に素晴らしかった。朝霧の中の楠の大木。各所に残る井戸。過去を想うにふさわしい場所でした。

その心持ちのまま北上し、豊かな農地を抜けて田原坂へ。山砲が通過できる道はここのみだったために、激戦地となった一ノ坂、二ノ坂、三ノ坂。パリのアンヴァリッドで大砲コレクションを見たことを思い出していました。観光客の姿はなく、地元の方が整備清掃に来ていらっしゃいます。

士族の高祖父は政府軍の一員として西南の役に参加したと聞いています。曾祖父が残した刀剣目録には戦いを共にした刀が載っていますが、実物は行方知らず。野戦の経験を積んだ高祖父はその後、日清戦争で隊を率い、賞を授かりました。明治陸軍の道を進んだ士族と野に下った士族と。しかし振り返ってみれば、高祖父も後者に属していた可能性がないわけではなかったのです。

明治陸軍と縁の深い土地、乃木坂界隈に年明けに引っ越しをします。

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部屋に

イギリスで学生をしていた時にはよく版画を購入していました。多くの学生に取っては、ノック一つで同級生、友人が行き来する部屋は狭いながらも自分の城で、できれば領地には個性を持たせたいものなのです。

町には古風な版画専門店があり、18、19世紀に刷られた大学の風景画や風刺画なんかを選んでは、蚤の市で古い額を買ってきて、そこに納めて飾っていました。中指と人差し指でぱたぱたぱたとビニールに包まれた版画をめくっていく楽しさ。オックスフォードにもケンブリッジにもあった版画店、ターナーやギルレイを手にした店、今でも商売は続いているのかしら・・・

ケンブリッジにいた頃に、オークションでリチャード・ウィルソンの油彩画を手に入れたことから、壁を飾るのは、そちらが中心になりました。未だに競り落とした瞬間のことを覚えています。お友達のご婦人(大学の大先輩)が、「はやく、手を挙げないと」と横からせかすのをぎりぎりまで待って、その後はすんなりと私のものになりました。

戦利品を恩師の家に預けておいたところ、訪ねてきた懇意の英国美術専門のキュレーターが気づいて、「カタログで見ていいなと思ってたんだよ。君が手に入れたの。へええ」。そう言った時の彼のボウタイの色も覚えています。「額は安物ですけどね」「うん、ひどいね。でも最悪ってほどではないよ」 絵はその頃住んでいた半地下の暗くて寒い部屋の暖炉上にそっと置きました。

色んな出費を抑えて手にし、辛かったケンブリッジ時代の自分を励ましてくれた絵です。ここ一年ほど壁に掛けていませんが、あんな時代もあったな、と時折梱包材に触れてみています。今でも、一部の人達から尋ねられます。「あなたのウィルソンはどうしてるの?」 'How is your Mr. Wilson?'

暗黒
寒くて暗かった土地

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晩秋

新版画を観たので、こういうものがいくつか手元にあったらはなやぐだろうな、と思っていたところ、お手軽な値段で伊東深水の風景画が見つかりました。戦後間もない頃のもので、深水は戦時中は小諸に疎開をしていたとか。

浅間山

早春を描いたその澄んだ配色に惹かれたのですが、昭和の色、という感じもします。新しいようで懐かしい色彩です。

晴れの日に着物を整理していて、この季節に一度は着ておきたい羽織が出てきました。

羽織70

祖母の若い頃の羽織。
戦前の大阪船場の嬢さん(とうさん)時代に作ったものかもしれません。こちらも古き良き昭和の意匠と色です。先週、国立能楽堂の「紅葉狩り」に共に出かけたかったのですが、当日はあいにくと雨でした。銀杏の帯、菊の帯もまだ今年は締めていないまま。

東京は街のあちこちで銀杏の黄色が目立ちます。水気を含んだ落ち葉を踏んで滑らないように気をつけながら歩きます。代々木公園の奥に大きな銀杏を見つけ、木の下に座っていると、次から次へとぱたぱたと葉っぱが降ってきて、季節が移り変わっていく様を見せてくれました。

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青森の人鹿児島の人

棟方志功の「板極道」(中公文庫)、頁を開くと、語り口にぐいぐいと引き込まれてしまって、一気に読み終えました。芸術家の感動や心の動きがまっすぐ綴られており、少しもこせこせした所がなくって、爽快な読後感です。やはり、棟方志功という人は大きな人だったと文章からも伝わってきます。

特に気に入ったのは、駒場の民芸館を訪れるエピソード、柳宗悦の優しさと柳のコレクションを前にした棟方志功の驚きとが記されている場面です。汗だくになって感動しきっている小倉袴姿の若き版画家と笑いながら彼と対座する柳の姿がセピア色の写真のようになって浮かび上がります。芸術活動の美しさというのが、創造するにせよ、美を見出し残そうとするにせよ、この数頁に凝縮されているように思われました。

折しも、町田市立国際版画美術館では「二菩薩釈迦十大弟子」が展示中。何度も観たことがある作品が、今回はまた違った表情で映りました。なんだか、目一杯、十大弟子が言葉を掛け合っているような気がします。

展示室代わって、大正ー昭和初期の新版画の名作が並びます。橋口五葉、伊東深水、川瀬巴水、山村耕花。名前だけでもうっとりです。早世の橋口五葉の作品の完成度が凄まじい。絵師はもちろんだけれど、彫師・刷師も凄い。ふっくらと女性の肌はやわらかく、着物の質感もしっとり伝わってくるようで。じっとこちらを見据えている「夏衣の女」の静かな迫力にはしびれました。ちょっとこう体を支えて、いい女。右手薬指に金の指輪のモデル・・・五葉の作品には撫子がよく目につきました。ここに挙げた他の版画家三人は東京生まれですが、五葉は鹿児島の出身で、お墓も地元にあります。

髪梳ける女
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Goyo_Kamisuki.jpg

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討ち候ぬ

瀬戸内海はできるかぎり船で移動というのが勝手な信条で、いつも瀬戸田どまりでしたが、この10月に始めてしまなみ海道を車でまわりました。おかげで大三島の大山祇神社にようやく足を運ぶことが出来たのです。

数多くの国宝の武具甲冑を納める紫陽殿と国宝館。期待していた数十倍も実物は素晴らしく、劇的な言い方をするなら、一つ一つの奉納品の前にて「感涙にむせび頭を垂れた」といったところでしょうか。何と言っても、佐藤忠信を遣わしたという義経奉納の鎧、胴の色あせた秋草と鳩尾板の扇の簡素な雅やかさに胸を掴まれました。親しんだ平家物語の世界が形となって目の前に佇んでいるのが信じがたく、怖い様な気持ちでした。

斉明天皇奉納禽獣葡萄鏡の白銅の輝き、平安後期の御太刀の切っ先の線・・・・
いや、言葉を尽くしても、居並ぶ奉納品の凄さは到底現せません。祈願や返礼のために遠い昔に捧げられた無言のそれらが、モノの命は長いと教えてくる空間でした。人の命は短いけれど、まあ良いではないかと思えます。

OMISHIMA.jpg

お隣の生口島にて通りがかりに車を停めて見た光明坊も良いお寺でした。鎌倉期の十三重石塔が瀬戸の穏やかな秋の日差しの下にあり、近くの集落ではお祭りが行われていたもようです。

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